モノトーン

窓を開けて降る雨の音を聴く。 外は明度が低く、部屋の灯りがやけにこうこうとして見える。 くすんだ色合いの空を眺めていると心が落ち着く。 私の本来の気質や性分に、雨や雲の佇まいがしっくりと馴染むのだ。 このじめじめとした、うっとうしいもの! 雨音…

宇宙の中心

ほの暗い地下に宇宙が出現した。 三種の楽器と声と無数の機械が、渾然一体となって空気を歪める。 芯から操られた人々の体が、熱に浮かされたように揺れていた。 まばゆい光が空気を貫く。 常ならば目を閉じて音に浸るところを、踊る光があまりにも美しくて…

ピカピカの

雲のない夜に星がまばらに散っている。 小さなてんてんが一つずつ、きちんと光っている。 月は磨かれたような透明感で、冷たい夜をくまなく照らしている。 温度のない光を顔に受け止めながら、畏れ多い気がして目を閉じる。 胸をしめつけられるような、早朝…

目で愛でる

今まで魚を観賞する楽しみがわかりませんでしたが、ペットショップでその片鱗に触れました。ベタにカクレクマノミはかわいい。ニモ!ニモ!!と興奮気味に眺めていたら、近くで幼稚園児が同じ反応を示してました。ちっちゃいピンクの鯛(正式な名称は忘れた…

そこに君が

銀幕の中に、昔好きだった人が現れる。 ほんの二、三分の、一方的な再会だ。 顔は毎年変わっていくように見えるけれど、 声はあまり変わらない。 自然なのか不自然なのかわからないしゃべり方も。 その姿を食い入るように見つめてから、 ようやく物語に集中…

絹糸の揺籃

秋の夜を吹きぬける風はその冷たさとは裏腹に落ち葉のあたたかなにおいがする。 襟元をかきあわせ、心持ち早足で、それでも呼吸を楽しみながら、団地の隙間を歩く。 もう我が家が見える、というところへ来て、眼の前に何やら物体が浮かんでいるのに気付いた…

ワンシーン

夜の電車で本を読む。 と、文庫本の端を何かがよぎった。 目線をずらすと、何かの植物の綿毛がふうわふうわと漂っている。 どこから迷い込んだものか、ゆっくりと空気に乗り、隣で眠るサラリーマンの膝に舞い降りた。 サラリーマンはそんなものにはもちろん…

ただの記憶

私は車に乗っている。 父が運転していて、母が助手席に座り、おそらく私は後部座席の真ん中に座っている。 8歳か9歳か10歳くらいで、車内で過す時間にすっかり倦んでいる。 もう時間は午後の三時か四時で、まだ目的地に辿りつかない。 やがて、車は大きな橋…

雪崩落ちる

ユキヤナギが満開になると、かくも迫力を伴うものか。 その咲き誇る様は、さながら滝が凍りついたようだった。 ひとつひとつの花を見れば実に可憐で、陽に透ければまるで花嫁のように朗らかであるのに、 集合して渾然となった姿は雄雄しさに満ちている。 カ…

際立つ輪郭

紅葉が青空を背景に、きりりと際立つ。 かさかさに乾いた落ち葉から、秋のにおいがする。 ベンチに腰をかけ本を読む少女の傍らには、熱いコーヒーの入った紙コップが置かれていた。 なんという、平和な秋の景色。 日差しは透明に降り注ぐ。 空気ははりつめ、…

 点滅する色

そのピンク色は懐かしすぎて目に染みた。 薄淡く、赤みを帯びた透明のピンク。前に座った女の子の髪の毛で、キラキラと輝いていた。 安っぽい色。子供の頃に、夜店で買った指輪の石の色。 耳に貼るぷっくりとした、三日月型のシールの色。 拾った、花の形を…

刻みこむ死

猫が死んだ。 もうだめかもしれないから帰ってきて、という姉の声を受話器越しに聞いた。 どうしてもどうしても帰りたくない理由があったのだけれど、 秤にかけた時、共に過ごした14年間を捨てることはできなかった。 帰らなかった時の後悔も、笑えるくら…