青青い時間

あっという間に、夏の気配におそわれた。 ほんの少し前はまだ冷たい空気が混じっていたのに、 公園の大きなけやきの下すら、むっと蒸していた。 シロツメクサがところどころに群れて咲いている。 ほんの少し申し訳なく思いながらも、 芝生をふこふこと踏みし…

命あるもの

ドウダンツツジが新芽の先から蕾をのぞかせていた。 「新芽」と言うのすらためらわれるほど淡く柔らかいさみどりに、おそるおそる触れてみた。 小指の先ほどの蕾は、それでもはっきりとわかるほど肌理細かく、その身の内にひたひたと水分を蓄えていた。 私の…

赤い水筒に

かじかむ指先をぎゅっとコップに押し付けながら、公園のベンチで紅茶を飲んだ。 家で飲む時は何も加えず、あっさりと飲む。 外にはミルクとお砂糖を入れたものを持っていく。 理由は単純で、その方が赤い水筒に似合っているから。 明るく浅はかな赤に、たっ…

ピカピカの

雲のない夜に星がまばらに散っている。 小さなてんてんが一つずつ、きちんと光っている。 月は磨かれたような透明感で、冷たい夜をくまなく照らしている。 温度のない光を顔に受け止めながら、畏れ多い気がして目を閉じる。 胸をしめつけられるような、早朝…

つめたさは

長く人の住んでいなかった家は、とても冷たくしんとしている。 化石のようにじっと沈黙している。 光を入れ、磨き、生活のにおいがする家具が運び込まれ、 寝起きし、食事し、生活がぐるぐる回り始め、 気が付くと、家は光と温度を具えるようになっている。 …

指で梳く髪

髪を切る。 整えてパーマをかけ直しただけなのに、どうしてこんなにも軽いのだろう。 ほんの数グラムの負荷が減っただけで、重力から少し、解放された気持ちになる。 いつもと違う香りのする髪は、まるでそこだけよそゆきになったようで。 自分のものなのに…

 一ミリ厚の

肌のうえを、薄衣のような秋の空気がすべってゆく。 もわっとした熱気のなかに、淡雪のようにすずしい空気がまぎれこんでいるのがわかる。 長月に入った途端の、この小癪さ。 月が少しずつ透き通り、空の濁りが晴れ、紺の色味が増してゆけば、 トンネルをく…

刻みこむ死

猫が死んだ。 もうだめかもしれないから帰ってきて、という姉の声を受話器越しに聞いた。 どうしてもどうしても帰りたくない理由があったのだけれど、 秤にかけた時、共に過ごした14年間を捨てることはできなかった。 帰らなかった時の後悔も、笑えるくら…