絹糸の揺籃

秋の夜を吹きぬける風はその冷たさとは裏腹に落ち葉のあたたかなにおいがする。
襟元をかきあわせ、心持ち早足で、それでも呼吸を楽しみながら、団地の隙間を歩く。
もう我が家が見える、というところへ来て、眼の前に何やら物体が浮かんでいるのに気付いた。
人魂ほどには大きくない。何より、黒い。
そばへ寄り、じっと見つめる。
それはくしゃくしゃにちぢれた落ち葉だった。
不意に細く、風が吹いた。
落ち葉はマジシャンに持ち上げられるようにゆっくり、ゆっくりと更に高く浮かんでゆく。
そして風が止むと、しばし頭上に浮かんだまま、
やがて羽のような軽さでまた元いた位置に戻ってきた。
ほんの刹那、近くの電灯の光を受けて、落ち葉から伸びる白い筋が浮かび上がった。
その先は、目を細めても見えなかった。
なるほど、蜘蛛の糸は地獄の底から救い出してくれる強度を持っているのだ。
建物の陰に佇み、しばらく闇に揺られる落ち葉を見ていた。