きっと写真に残せば、一緒の思い出に変わる。 共に懐かしさに目を細めることができる。 でもその思い出は、共通しているようでしていない。 私の目線の思い出と、あなたの目線の思い出は、きっと部分的にしか重ならない。 五感にしみこますのは、一人の思い…
紅葉が青空を背景に、きりりと際立つ。 かさかさに乾いた落ち葉から、秋のにおいがする。 ベンチに腰をかけ本を読む少女の傍らには、熱いコーヒーの入った紙コップが置かれていた。 なんという、平和な秋の景色。 日差しは透明に降り注ぐ。 空気ははりつめ、…
息もつけぬほどの暗黒をのぞく。 ここが、真の、暗闇というものか。 膝を抱えて、居心地のよい姿勢を探す。 小さく固まって、瞬きもせず、暗闇をみつめる。 誰かの言葉を思い出す。 深淵をみつめるとき、深淵もまたおまえをみつめているのだ。 とか、そんな…
気温が高いときに、誰が好き好んで体の内側からあたたまるものを飲むものか。 さらりと乾いた冷気あってこそ、熱いスープが生きるのだ。 細かく切ったお野菜のだしとベーコンの塩味の効いたコンソメスープ、 ごろごろのじゃがいもに甘いにんじん、とろけるた…
そのピンク色は懐かしすぎて目に染みた。 薄淡く、赤みを帯びた透明のピンク。前に座った女の子の髪の毛で、キラキラと輝いていた。 安っぽい色。子供の頃に、夜店で買った指輪の石の色。 耳に貼るぷっくりとした、三日月型のシールの色。 拾った、花の形を…
肌のうえを、薄衣のような秋の空気がすべってゆく。 もわっとした熱気のなかに、淡雪のようにすずしい空気がまぎれこんでいるのがわかる。 長月に入った途端の、この小癪さ。 月が少しずつ透き通り、空の濁りが晴れ、紺の色味が増してゆけば、 トンネルをく…
猫が死んだ。 もうだめかもしれないから帰ってきて、という姉の声を受話器越しに聞いた。 どうしてもどうしても帰りたくない理由があったのだけれど、 秤にかけた時、共に過ごした14年間を捨てることはできなかった。 帰らなかった時の後悔も、笑えるくら…
久しぶりに聴いた音は、表皮からぐんぐん吸い込まれていくようだった。 演奏する彼らの姿を目で追いたい気持ちよりも、音に浸りたい気持ちの方が大きくて、 何度かゆれながら、目を閉じた。 細胞が打ち震えた。 一番好きな曲は、本番では聴くことができなか…
夜明け頃、蒸し暑さに目を覚ますと、喉の奥が焼けるように痛い。 外側からは確認しようのない気管支の形を、思わず脳裏に浮かべるほどに、 あかあかと腫れあがっているのが感じられる。 冷房の空気が部屋にいきわたり、眠るのに最適な温度になったところで、…