五感はなし

息もつけぬほどの暗黒をのぞく。
ここが、真の、暗闇というものか。
膝を抱えて、居心地のよい姿勢を探す。
小さく固まって、瞬きもせず、暗闇をみつめる。
誰かの言葉を思い出す。
深淵をみつめるとき、深淵もまたおまえをみつめているのだ。
とか、そんな言葉を。
私は黄金のめっきを体に貼っていた。
そして、疲れて貼るのをやめたら、それらはたやすく剥がれ落ちていった。
私のめっきの自尊心は、いともたやすくその内側にある本質を暴いた。
やあ、懐かしい姿。その色形。
吸い込まれるように、もと居た場所に返ってきた。
なつかしの我が家?黄色い道は敷かれていなかった。道連れもなくて、黒い子犬もいなかった。
赤い靴もなかった。
この身一つで出て行って、この身一つで帰って来た。
そしてその家の中には、海の底のような暗黒が待っていた。
やあ、懐かしい私。


ゆっくりと浮き上がって、また呼吸できると知っている。
めっきの輝きであっても、あの日々は確実な光を私にもたらしてくれた。
その光のうつくしさと温かさを、私の心はしっかりと覚えている。
 
この水は澄んでいる。
ただ深すぎて、暗いだけだ。
かりそめであろうとも、あの、光の中へ再び足を踏み入れる日まで、私は暗闇と向かい合う。
その深淵と。